歌川広重の名所江戸百景のぽち袋です。
6柄6枚入りです。お年玉以外にも小物入れとして使っても便利です。

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図柄:亀戸天神境内・大はしあたけの夕立・浅草田甫酉の町詣・水道橋駿河台・びくにはし雪中・猿わか町夜の景

サイズ(本体):9.3センチ×4.5センチ×0.5センチ
重さ:4g

【名所江戸百景】
名所江戸百景(めいしょえどひゃっけい)は、浮世絵師の歌川広重が安政3年(1856年)2月から同5年(1858年)10月にかけて制作した連作浮世絵名所絵です。
広重最晩年の作品であり、その死の直前まで制作が続けられた代表作です。
何気ない江戸の風景であるが、近景と遠景の極端な切り取り方や、俯瞰、鳥瞰などを駆使した視点、
またズームアップを多岐にわたって取り入れるなど斬新な構図が多く、視覚的な面白さもさることながら、
多版刷りの技術も工夫を重ねて風景浮世絵としての完成度は随一ともいわれています。
江戸の人々を魅了し当時のベストセラーとなり、どの絵も1万から1万5千部の後摺りを要したほどです。
実際に「大はしあたけの夕立」や「亀戸梅屋舗」を模写したゴッホなど
日本的な「ジャポニスム」の代表作として西洋の画家に多大な影響を与えたシリーズです。

亀戸天神境内(安政三年(1856) 夏の部)
満開の藤の花を近景にクローズアップした作品です。
藤の奥に描かれている太鼓橋が画面の中で絶妙のバランスを取っています。
本来ならば太鼓橋の下は、空と同じ色のはずですが、
初摺では間違えて藍色にしてしまったという作品です。
華やかで人気のある図です。

大はしあたけの夕立(安政四年(1857) 夏の部)
大橋は日本橋の浜町から深川六間堀の方にかかっていた橋で、
幕府の御用船安宅丸の船蔵があったことから、安宅(あたけ)と呼ばれました。
印象派の画家ゴッホが模写したことでもよく知られており、広重の代表作です。

浅草田甫酉の町詣(あさくさたんぼとりのまちもうで)(安政四年(1857) 冬の部)
吉原で働く女性の控屋があったのが浅草田甫です。
窓の外は酉の市に出かけて熊手を買い、担いで帰る人々の行列が描かれています。
見方によっては猫は遊女自身であり、静かに格子越しに外を見ているとも解釈できます。

水道橋駿河台(安政四年(1857) 夏の部)
本郷台地から見た、駿河台の端午の節句の有様を描いています。
鯉のぼりを強調した構図が見事な作品です。
近接拡大したモティーフを手前に描き極端なまでに遠近を強調する構図は、
晩年の広重が多用したものです。

びくにはし雪中(安政五年(1858) 冬の部
びくにばしは、現在の京橋の下を流れる京橋川にかかっていました。
左手の「山くじら」とは、猪の肉のことで
右手の「○やき十三里」は、栗より(九里、四里)うまい十三里の洒落で
薩摩芋を丸焼きにして売っているお店です。

猿わか町夜の景(安政四年(1857) 秋の部)
猿若町は、現在の台東区浅草六丁目付近です。
江戸市中の芝居小屋が集まる芝居町だった猿若町は、
江戸歌舞伎の祖、中村座座長猿若勘三郎の名から付けられました。
また、この作品はゴッホの名作「夜のカフェテラス」に
影響を与えたと言われています。